一人暮らしの学生生活をさせてくれた親に感謝・感謝

thankyou

一人暮らしの学生生活にはとてもお金がかかる

私は高校卒業後、親元を離れて一人暮らしをしながら大学に通いました。
もう20年以上も前のことです。
私の地元は相当な田舎なので、大学は国立大と公立大が一つずつとあとは女性が殆どの短大しかありませでした。
地元の国立大や公立大に行けば自宅から通えるうえ学費も安いので親孝行。
しかし、友人たちが県外の大学を志望するのを見て私もと思ってしまったのです。

尤も、友人たちの多くは地元に戻っています。

田舎の友人たちと久し振りに会食 田舎の友人たちは、卒業後ほぼ親元を離れた 私は結構な田舎の出身です。 東京のように私立の進学校はほぼ無く、一部のお嬢様学校を除けば中学校までは公立が当たり前。...

今よりは格安だった大学の学費

ちなみに大学の学費は相当安いものでした。
現在では国公立大の学費でも年間53万円を超えると知り驚いていますが、当時は年間で30万円台半ばだったと思います。
それでも大変な負担です。

最初は学生に学費の請求が来ていましたが滞納する学生が多く、途中から直接親に請求が行くようになりましたけど…

学費以上の負担だった生活費

しかし、学費以上に必要なのが生活費です。
最寄駅沿線や大学の周りには学生をターゲットにした安アパートが多かったものの、それでも最低数万円はします。
当然ながら食費なども必要になるため、月額で10万円はかかっていたと思います。
もちろん、全て親に頼ることはせずアルバイトをしましたし奨学金も借りました。

とはいえ、多くを親に頼っていたのも事実です。
決して裕福とは言えない中で、学費に加え生活費の一部まで負担してくれたことにとても感謝しています。

大学進学率が50%を超える現在と違い当時はまだ4人に1人程度。
多くの同世代の人達と同じく高校卒業後に直ぐに働く選択肢もあるのに、大きな負担を背負って大学まで行かせてくれたからです。
私が希望する企業に就職できたのも、元をただせば大学まで行かせてくれた親のおかげです。

学費よりも一人暮らしにある奨学金問題

生活費が奨学金問題に直結している

4/5付のNIKKEI STYLEに

奨学金が返せない 原因は学費より「一人暮らし」

との記事が掲載されています。
日経電子版の会員でなくても全て読める記事です。

その中で、授業料・施設費等を含めた4年間にかかる学費は、国公立大学で約250万円、私立文系で約390万円、私立理系で約530万円とあります。
そして、生活費は自宅生が約291万円、自宅外生が564万円と紹介されています。
大学生協が調べた数字のようです。
こうしてみると、生活費の自宅生・自宅外生の差は4年間で273万円。

そうした中、奨学金を貸与する日本学生支援機構によれば、奨学金を借入した後に返済を滞納している利用者の平均借入額はほぼ同額の288万円です。
これは、月額6万円を4年間借り入れ続けたケースになります。

自宅外生の多額な生活費が借入奨学金の増加につながる

いろいろなケースがあると思いますし、滞納している借主が全て下宿をしているわけではなくややこじつけの気もしますが記事では

数字上親元を離れて下宿すると余計に必要となる生活費分を賄うために借り入れした奨学金を滞納している

と紹介されています。
高い学費の負担はもちろんありますが、それと同等以上に生活費の負担が多額の奨学金を借りなければならない理由になります。

一番お金がかからないのは自宅から国公立大学に通うことです。
しかし、私が育った田舎のように学費の安い国公立大学がわずかな環境では、それを実現できる学生は僅か。
また、地元の大学に自分が学びたい専攻が無ければ他県の大学に進学するしかありません。

しかし、親元を離れて下宿をすれば多額の生活費が必要となり、その多くを奨学金で賄えば人生の不透明性を高めてしまいます。
難しいですね…

親への感謝が止まらない

先日帰省した際、酔っぱらいながら親と話をしました。

話題が学生時代の頃のことになり、実は生活費の仕送りの一部も自治体が提供する超長期の教育ローンを借りて手当てしてくれていたことを知りました。
他にも、私が就職後のボーナス時期毎に渡していたお金は自分で使わずその返済の一部にしていたことや、兄弟の分も併せて全ての教育ローンの返済が終わったのは結構最近だったこと。
返済終了後も私が渡しているお金は自分で使わず、私名義の預金にしていること。

更には、当時私が深夜にアルバイトをしていたのは、仕送りが十分でなく生活のためやむを得ずしていたのではないかとずっと悩んでいたとのことも。
単に時給が良くて効率的だったからなのですけど。

久し振りに泣きました。
酔っ払いながら声を出して泣いてしまいました。
泣いたのがいつ以来だったか覚えてもいません。

私達兄弟に人並み以上の教育の機会を与えてくれ、一方でこれまでの人生の内のかなりの部分を犠牲にしてきたであろう親への感謝が止まりません。
今の私があるのは親のおかげです。

今この投稿を書きながらまた泣けてきました。

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