一等地にある銀行の大型店舗が消えていくのはニーズが無いのだから必然

PG

一等地に銀行店舗が鎮座する光景は異様

都心や繁華街など、その土地の一等地にひしめき合ってあるものといえば銀行の店舗です。
大きな交差点のそれぞれ4つの角が銀行で占められていることは珍しくありませんし、通りにいくつもの銀行店舗が並んでいることもあります。
東京銀座などの商業地でも中央通り沿いに銀行があり、且つ土日で大勢の買い物客がいる中で閉めている店舗があるのは異様な光景です。

以前は東京丸の内の仲通りも同じような光景が広がっており、土日はまるでゴーストタウンのようになっていました。
しかし、現在ではブランドショップが多く立ち並び多くの買い物客などでにぎわっています。
街づくりを変えれば人の流れや雰囲気は大きく変わるもです。

郊外の商店街などでも、「土日に多くの店舗が協力して買い物客を集めようとしているのに、銀行は土日が休みで商店街の雰囲気を壊すからどうにかしてほしい」と苦情が寄せられることもあるようです。

もはや一等地に銀行がある必然性は無い

銀行が最強だった時代

以前(30年以上前の規制金利時代)は、銀行は預金が欲しくて仕方ありませんでした。
世の中が常に資金不足であったため銀行の優劣を決めるのは預金量であり、預金量の順位が銀行の順位でした。
大きいことは良いことだったのです。

企業には常に借入ニーズがあった一方で金融機関間での資金融通が今ほど活発ではなく、預金を集められなければ貸出しができなかったのです。
この頃、銀行は限りある資金を元手に貸し出す先を選別したことから企業は銀行に頭が上がらず、銀行員が床の間を背にしていたとも言われています。
また、安定的に借入ができるよう、銀行を中心に企業グループ群も形成されました。

銀行店舗が重要な時代は終焉

しかし時代は変わりました。
金利の自由化を経てマイナス金利時代にまで突入し、逆に預金はお荷物に。
銀行に行ってみるとわかりますが、以前のように混んでいることは殆どありません。

個人だけでなく企業もネットで資金を管理しますし、個人が使うATMも今やコンビニが主流。
従来は個人客から預金を集めるうえで利便性が重要だったため、銀行は一等地に出店していましたが、資金余剰時代・コンビニATM時代の下で一等地に留まる必然性はありません。
法人向け業務にしても、来店は滅多にないのですから一等地の1階に鎮座する必要はありません。

実は、バブル時に空中店舗というものがありました。
どの銀行も企業も一等地に出店したいのですが場所が無い。
そこで、ビルの2階から上に支店を出店したのです。
銀行と言えば1階が普通でしたから、それに対する言葉として空中店舗と言われました。

しかし、バブルが崩壊するとそうした店舗の多くは姿を消しました。
というのも、空中店舗の多くが不動産向けを中心としたバブル貸出を急増、結果として多くが不良債権となりリストラの一環で他店舗と統合されてしまったのです。

店舗戦略が変わってきた

3/13付日経新聞朝刊に面白い記事が掲載されました。

突き出し看板 静かに退場
店舗の宣伝効果 希薄に

との記事です。

来月に行名を三菱UFJ銀行とする現三菱東京UFJ銀行が行名変更を機に、いくつかの店舗でビルから外に突き出して設置している看板を掛け変えずに撤去するというのです。
突き出し看板は店舗の正面からだけでなく、遠くからでもわかるようにするためのものですが、そもそも普段から来店する人は知っていますし、ATMのためにわざわざ来店する人もわずかです。


唯一の効果は行名の宣伝効果でしょうか?
しかし、今や三菱東京UFJ銀行を知らないひとはほぼいませんし、費用をかけて宣伝する必要もないのでしょう。

駅前や繁華街の一等地に赤・緑・青など銀行のシンボルカラーを纏った看板が目立つ時代は、そう遠くない時期に過去のものになるのでしょう。